「無」の時間を楽しむ帰り道

ロリィタを着て出かけた日の帰り道って、
もっと感情が動くものなんじゃないかと思っていました。

「楽しかったな」とか、
「ちょっと疲れたな」とか、
あるいは「ちゃんと振る舞えていたかな」とか。

でも実際は、そういうはっきりした感情が浮かぶことは、あまりありません。

電車に乗って、
イヤホンをつけて、
音楽を流しながら、ただ窓の外の景色を眺めています。

感情の起伏は、ほとんどないです。
どちらかというと、頭の中はからっぽに近い感覚。

帰り道は、まだ「途中」だからなのかもしれません。

私の中では、
家を出てから家に帰るまでが、ひと続きの一日で、
帰り道はその一部にすぎない気がしています。

だから、一日の振り返りをするのは、
部屋着に着替えて、少し落ち着いてからのことが多いです。

それまでは、
まだ終わっていない時間を、そのまま運んでいるような感じ。

もちろん、一日中ずっと何も考えていないわけではありません。

「さっきの発言、大丈夫だったかな」
「さっきの振る舞い、変じゃなかったかな」

そんなことは、
行きの途中でも、過ごしている最中でも、頭をよぎります。

でも、帰り道だけは少し違います。

人の迷惑にならないように、
電車の端っこにひっそり立って、
自分の音楽と、流れていく景色だけを見る。

そこは、誰かに見せる時間でも、
何かを評価する時間でもありません。

ただ、自分の世界に戻っていくための、静かな通路みたいなものです。

正直、疲れはします。
体力も使います。

でも、その移動時間が嫌いかと言われたら、
全然そんなことはありません。

むしろ、
好きな服を着て、
好きな音楽を聴いて、
流れていく景色を眺めていられる。

それって、静かだけど、かなり幸せな時間だと思っています。

ロリィタを着た日の帰り道は、
何かを反省する時間じゃなくてもいいんだと思います。

感想がなくてもいいし、
言葉にまとめられなくてもいい。

「無」でも、ちゃんと楽しい。

そんな時間があっても、いいですよね。

コメント