私にとって、ロリィタは“装い”以上のもの

「ロリィタを“やめる”って、なんだろう?」
ふと、そんなことを考えた。

私は常にロリィタファッションでいるわけじゃない。
むしろ、そうじゃない日常のほうがずっと多い。
でも、それでも「私はロリィタだ」と思っている。

“ロリィタ”って、私にとっては服だけじゃない。
見た目でも、肩書きでもなく、生き方のようなもの。
素敵と思うものを大切にして、自分の「好き」を選び続ける姿勢。
それが、私の思う“ロリィタ”。

この考えを誰かに押しつけるつもりはないよ。
「あなた」と「私」は違うもの。
そう自然に分かっている人が、ロリィタさんたちには多い気がする。

たとえば――
価値観が違っても否定しない。
そっと距離を保ちながら、相手を尊重する。
そういう姿勢が、居心地のよさになってる。

きっと、歴史の中で“否定されることのつらさ”を知ってきたからだと思う。
見た目だけで「変」とか「痛い」とか、言われてきた背景があるから。
私は新参者で、そういう経験はないけれど……。
それでも知り合ったロリィタさんたちの優しさには、何度も救われてきた。

だから、私はロリィタが好き。
「好き」を言葉にすることって、案外むずかしい。
でも、それができたとき、世界ってほんの少しひらける。

私は、これからも「私の思う素敵」を選んでいくと思う。
価値観の合うお友達と、楽しい時間を重ねていきたい。
“好き”をまとうことをやめる理由が、どこにも見当たらない。

「ロリィタをやめる」ってなんだろう?
”ロリィタ”って「やめる」とか「卒業」するものなのかな?
ロリィタファッションから距離を置いても、
心のどこかに、ずっとロリィタがいる気がしてる。

“好き”を大切にしながら、私はこれからも生きていきたいな。

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