楽しい思い出を、楽しいまま残したい

素敵な装いで出かけた日、私はあまり写真を撮りません。

たぶん、ロリィタの装いをしている人の中には、その日のコーデを写真で残したい人も多いと思います。
SNSに載せたり、あとから見返したり、誰かと一緒に撮った写真を記念にしたり。
そういう楽しみ方があることは分かるし、素敵だなとも思います。

でも私は、そこまで写真に残すことを頑張っていません。

SNSもぽつぽつ呟くくらいで、自分の写真はあまり載せません。
載せるとしても、その日食べたものくらい。
なんなら、その食べたものすら撮らないこともあります。

写真を残したくないわけではないんです。
本当は、可愛く撮れるなら残したい。

素敵な装いをした日を、ちゃんと形に残せたら嬉しいと思います。
あとから見返して、「この日、楽しかったな」「このコーデ好きだったな」って思えたら、きっと幸せだろうなと思う。

でも、写真に写る自分を見るのが苦手なんです。

自分が鏡で見ている自分と、写真に写る自分って、結構違うんですよね。
鏡の中の自分は、見慣れているし、どこかで自分の中の補正がかかっている。
でも写真に写った自分を見ると、急に第三者から見た自分を突きつけられるような感覚になることがあります。

そしてそこで、「うわ……可愛くないな、私」って思ってしまう。

それが嫌なんです。

せっかく素敵な装いでお出かけして、楽しい時間を過ごしてきたのに。
その思い出を、写真の中の自分へのがっかりで上書きしたくない。

「素敵な装いでお出かけしてきた、楽しい思い出」
できれば、そのまま大切に終わらせたいんです。

あとは、単純にポーズを取るのが恥ずかしいというのもあります。
お決まりのポーズをしたり、少し可愛らしい仕草をしてみたり。
それが自然にできたら素敵だと思うけれど、いざ自分がやろうとすると、頭の中に変な声が響いてくるんですよね。

「そういうポーズは、可愛い人や美人な人がやるものだよ」
「その顔でそのポーズを取って、恥ずかしくないの?」

そんなことを言ってくる誰かがいる。

まあ、結局それは自分なんですけどね。

でも、だからといって、写真を撮ること自体を否定したいわけではありません。
写真を撮る前提の集まりなら、私も楽しく撮ります。
お決まりのポーズをしたり、少しはしゃいだポーズをしてみたり。
せっかく集まったのだから、記念に残したい気持ちもあります。

ただ、仲の良い友達と普通にロリデをする日なら、写真を撮らなくてもいいかなと思っています。

それは、記念に残す価値がないという意味ではありません。
ただ、目的が少し違うんです。

私は、好きな服を着て、好きな人と一緒に、好きなことをする時間を楽しみたい。
それは、写真を撮らなくてもちゃんと達成しています。

「素敵な装いの自分を残したい」よりも、
「ただ素敵な装いでお出かけしたい」気持ちのほうが、今の私には強いのだと思います。

写真に残さなくても、その時間はちゃんとあった。
SNSに載せなくても、その日を楽しんだことは消えない。
誰かに見せる形にならなくても、私の中にはちゃんと残っている。

だから今は、無理に写真を撮らなくてもいいかなと思っています。

もちろん、いつか変わるかもしれません。
もっと自分に自信を持てるようになって、写真の中の自分を「可愛い」「素敵」と心から思えるようになったら、優先順位は変わるかもしれない。

そのときはきっと、もっとたくさん写真を残したくなるのだと思います。

今はまだ、写真の中の自分の顔をまっすぐ受け止めるのが少し難しい。
だから、まずはマスクをした状態で撮るところからでもいいのかもしれません。
顔を隠して、お洋服だけ記録に残すのもありだと思います。

いきなり全部を頑張らなくていい。

写真を撮る人は、撮る楽しさを大切にすればいい。
撮らない人は、撮らないまま楽しんだ時間を大切にすればいい。

私はたぶん、写真を撮るためにロリィタを着ているわけではありません。
素敵な装いで、その日を過ごしたいから着ている。

だから、写真に残さなかった日も、ちゃんと私の中では大切な一日です。

コメント