私がいていい場所なんだろうか、と少し足元が揺れた日

ロリィタの世界を見ていると、
実店舗やイベントやお茶会に足を運んでいる人たちの姿をよく目にします。

SNSを見ていると、「みんな行っている」ように感じることもあって、
それを見ながら、ふと考えてしまうことがあります。

ロリィタが好きなら、そういう場所に行きたいと思うものなんだろうか、って。

私は、あまり実店舗へ行くことに積極的なタイプではありません。
誰かが行くなら、ついていくことはあります。
でも、自分から「行きたいな」と思うことは、正直あまり多くないです。

ただ、それは「お店に行けない」とか「怖い」という感覚とは、少し違います。
買うと決めているときなら、実店舗にも行けます。
どうしても実物を見たいときは、ちゃんと足を運びます。

でも、なんとなく見に行く、いわゆるウィンドウショッピングは、あまり得意ではありません。
見ているうちに疲れてしまったり、「今は買わないのに来ていいのかな」と考えてしまったり。
目的がはっきりしていないと、少し居心地が悪くなってしまうんです。

ロリィタのお洋服は、簡単に買えるお値段ではありません。
たくさん集めることで幸せを感じる人もいると思いますし、
その楽しみ方も、とても素敵だなと思います。

ただ私は、「素敵」から「欲しい」になるまでに、いろいろ考えてしまうタイプみたいです。

たくさん持つよりも、思い入れのある一着を、長く大事にしたい。
ワンピースやジャンパースカートは少なくても、
アクセサリーや小物、頭物で少しずつ雰囲気を変えて遊べたら、それで十分。

そういうロリィタとの付き合い方のほうが、どうやら自分には合っている気がしています。

それでも、ときどき引っかかることがあります。

お店に行こうと思わない自分で、いいのかな、って。

たぶん、引っかかっているのは「行かないこと」そのものではないんだと思います。

ロリィタの世界には、
言葉にされないまま共有されている空気みたいなものがあって、
「ロリィタが好きなら、ここに行く」
「ロリィタちゃん同士で集まる」
そんなイメージを、知らないうちに受け取ってしまうことがあります。

「ロリィタちゃんにおすすめのカフェ」なら、素敵だなと思えるのに、
「ロリィタちゃんなら行くべきカフェ」と言われると、少しだけ距離を取りたくなってしまう。

たぶん私は、「こうあるべき」という言葉が、あまり得意じゃないんだと思います。

ロリィタは、もっと自由で、もっといろんな好き方があっていい文化であってほしい。
そんな気持ちがあるから、
どこかで「正解」が作られてしまうことに、少しだけ引っかかるのかもしれません。

不思議なことに、自分のことになると「それでいいのかな」と迷うのに、
誰かが同じことで悩んでいたら、私はきっとこう思います。

それでいいんだよ、って。

行かなくてもいいし、集まらなくてもいいし、たくさん持たなくてもいい。

静かに、自分のペースで好きでいるロリィタも、
ちゃんとロリィタだと思うから。

私はこれからも、たくさんのお店を巡るタイプではないと思います。
お洋服の数も、きっと歴に比べては少ない方のまま。

それでも、大切に選んだ一着を着る時間や、
今日はどの小物を合わせようかな、と考える時間は、
ちゃんと私を幸せにしてくれています。

ロリィタは、誰かの正解をなぞるための装いじゃなくて、
自分がときめくための装い。

正解じゃなくても、ときめきが続いていくなら、それでいいのかもしれません。

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